05 エリニュス、強襲














 もう何度目になるのか分からない欠伸を盛大にする。
 通信さえ切ってしまえば、コクピットの中は外から見えない。逆に言えば、何をしていても見咎められなくなってしまう。
 だからまあ、人前じゃちょっとはしたないことや、だらしない顔も割と平気でできたりする。

「あー、眠……帰ったら、すぐに寝よ……」

 目の端に溜まった涙を拭う。頭がぼんやりとしてる。
 普段なら滅多にしない徹夜というサイクルのせいで正直に眠たい。
 もちろん事前に寝るようにはしていたし、一時的なハイテンションも途中にはあった。
 けれど訓練修了と共に高揚は終わってしまって、今は気怠さばかりが体にのしかかってきている。
 夜間の出撃はできれば控えたいというのが本音。そういう時だからこそ、危険な時間なんだろうとは漠然と思う。
 訓練を終えて基地へ帰投中の僕らに通信が届いたのは、その時だった。
 通信機の甲高い呼び出し音が響く。ちょっと慌てながら、受信できるように設定する。
 こういう時に交信を受け持つのは、一番上の人間がやる決まりになっていた。この場合だとエリスさんだ。
 まだエリスさんとは簡単な自己紹介ぐらいしかしてないので、どういう人かは分かりきっていない。
 訓練を通した感覚だと、悪い人ではないのだろうとは思えるけど。
 通信機の呼び出し音がいきなり雑音に切り替わる。

「なんだ、これ……」

 いきなり雑音というのは初めてだった。
 初めから通信状態が鮮明とは言えない通信機だったけど電波障害みたいな状態か、これ?

「こちらレネス機。ブロシア基地、どうしました?」

 エリスさんの応答に返ってきたのは相変わらずの雑音だった。
 おかしい。なにがあったんだ?
 砂を噛んだような音に混じって、人の声が流れてきたのはその時だった。

「こちらブロシ……地……現……スフィリスの敵部隊と交戦中。我苦戦中なれ……速やかに救援を……」

 所々が聞き取れなかったけど、状況はすぐに察しがついた。
 ちょっと信じがたい話だけど、ブロシア基地がエスフィリスに攻撃されているらしい。
 僕たちはどう動くのか……エリスさんはすぐに決断していた。

「急いで基地に戻ります! こんな形で初陣になっちゃったけど、二人にもやってもらいます」

 それまでよりずっと硬い声。きっと通信機の向こうではエリスさんも緊張しているんだろう。
 一拍置いてから、生唾を飲み下す。その一拍の間に理夢がはいと告げていた。
 どこか理解の遅い頭はやはり一拍遅れで、同じように返事をする。

「実弾を持ってきてたのは不幸中の幸いかな……訓練でライフルも使ったし大丈夫かな」
「……本物を使うのは初めてですけど」
「訓練と同じ感覚でやれば大丈夫ですよ。発射間隔も反動も同じですから。私たちは下手に近接攻撃をしかけるより、距離をある程度離して射撃に専念したほうがいいでしょうね」

 実弾を携帯していたライフルの上部にセットする。弾というより、電池といったほうが適切ではあるけど。
 実戦装備を持ち込むのは、万が一の会敵のための処置だった。
 本当にそんな機会が来るなんて、今の今まで考えもしてこなかったけど……。

「確認しておくと、ライフルの弾倉は一個につき七発まで撃てます。使い切ったら投棄して、次のを再装填。やり方は分かって……ますね。愚問でした」

 弾倉は一人頭二つだから十四発撃てる計算……多いのか少ないのか、全然分からない数字だ。

「それでは行きましょう」

 言ってからエリスさんが大きく息を吸い込む音も聞こえた。
 同じように僕も深呼吸。両手が少し震えだしていたのは気のせいだと思うことにする。
 眠気はすっかり吹き飛んでいて、代わりに高揚と不安の綯い交ぜになった落ち着かなさがやってきていた。
















 エリニュスの初撃は末妹のサラが搭乗するティシポネによって放たれた。
 長距離狙撃用に調整されたフォースライフルから放たれた光弾が、格納庫の外壁を容易く撃ち抜き内部で爆ぜる。
 立て続けに三発が打ち込まれ、格納庫から火の手が上がりだした。
 その間にフィアとエレンの二人もフォースライフルを乗機に持たせると手近な施設に向けて放つ。
 各所で黒煙が舞い上がり、基地施設の被害が増え始めてきたところで、フィアのアレクトのセンサーに迎撃機の反応が現れる。

「敵迎撃機、六時方向に二機確認……エレン」
「分かっています」

 エレンのメガイラが六時方向に歩きながら、ライフルの弾倉を排出してから腰部に納める。
 そのまま背部の長剣を引き抜き、前進を続ける。
 エレンは行く手にある建物の影からフォースメイルの姿を一部捉えた。と、同時に機体を加速させ踏み込む。
 巨体ながら、その踏み込みは鋭く速い。
 建物の影から現れたルグリアのパイロットがメガイラを認識するよりも先に、メガイラはルグリアをすり抜け様に袈裟に斬り下ろす。
 その後続にいた二機目のルグリアが突然現れたメガイラに向けて慌てたように銃口を向ける。
 しかし、照準も発砲もままならない内に右払いの一振りが胸部を境にルグリアの体を上下に分かつ。
 ごく短い間にエレンは二機のルグリアを沈黙させていた。

「サラ、今度はそちらに反応あり。敵が一機向かってる」

 フィアはエレンが二機の敵機を沈黙させたのを確認しつつ、引き続き敵の動きを監視する。
 突然の強襲による混乱か、ランブレイの動きはまだ散発的で出撃できた機体が順次行動してるだけのようにフィアは感じた。
 状況を鑑みるとその行動は間違えていないと思うフィアだが、同時にお粗末とも思う。
 そして、サラの迎撃に向かったルグリアの攻撃もやはりお粗末と言えた。
 ろくな照準もつけなかったのか、サラを狙っているはずの攻撃は初めから大きく外れている。

「うっわー、いきなり流れ弾? 可哀想に」

 サラは呆れとも嘲りともつかない感想を漏らす。その間にも標的の変更と照準の調整は行っている。
 右手は機体操作を、左手は照準の倍率変更を同時にこなしていた。

「狙いはちゃんとつけて撃たないと。そんな基本もできないから」

 引き金を引く。ごくごく当たり前のように淀みなく。余計な力みもなければ、その動きは自然という他なく。
 放たれる光弾は過たない。目標通りに機体腹部を、コアを完全に撃ち抜いていた。

「簡単にやられちゃうんだよ?」

 浮かぶ表情は純粋な笑み。敵の排除はサラを楽しませるには十分すぎる刺激を与える。
 しかし、まだ愉悦に溺れることなくサラは再び基地への狙撃に戻っていた。
 それらの状況を把握してフィアは現状を再考し方針を考慮する。
 ランブレイの動きは予想よりも遅く、展開してくる敵機も少ない。拍子抜けと呼ぶしかない状況だった。

「この程度なの? これなら本当に王都を狙った方が早かったかしら」

 呟き、それは慢心だと内心でフィアは自分を戒める。まだ敵の全貌は掴めきれていないのだから。
 それを証明するように、センサーが新たに反応を捉えた。最低でも五機以上の敵機の存在が確認できる。
 即座に読み取れる情報をフィアは妹たちに伝えた。

「迎撃ですか、フィア姉様?」
「そうよ。エレンはそのまま前衛、サラは私とエレンの援護……ようやく戦いらしくなってきたかしら?」

 フィアは内心の慎重とは裏腹に、外的な余裕を見せる。
 指揮官を務めるからには、こういったはったりも時には必要だと彼女はよく理解していた。
















 時々襲ってくる振動に何度か足を取られそうになりながら、また避難してきた整備員たちらに押し戻されそうになりながらも、レーネは医務室から最も近い格納庫にたどり着いた。
 収まる気配のない振動に状況の悪さを窺い知れる。
 格納庫の中にはまだ多くの人間が残っていて、怒号と悲鳴がどこかしこから聞こえてきた。
 格納庫内に常駐していたルグリアの姿はもう見当たらない。
 今現在残っているのは、整備途中だったのか腕部や装甲板が外されたままの機体や、外見には異常がないが稼働してない機体など。
 元々、ブロシア基地に常駐している機体数はさして多くない。
 規模こそ大きい基地ではあったが、その戦力の多くを最前線への補充に振り分けているためだ。
 加えて、前線をいきなり抜けて攻撃される事態など起こりえないという過信もその裏にはある。

「こんな間の悪い時に敵襲だなんて……フェインナルドも別の格納庫だったし。アルメリアたちは大丈夫かしら……」

 そうは思っても安否を知る由はなかった。
 レーネは視線を巡らせる。状況が悪いのは理解していた。それなのに避難もせずにわざわざ格納庫に来たのには理由がある。
 すぐにでも稼働できそうな機体を彼女は探す。
 足りないのは機体だけじゃない。それ以上に操縦者が不足しているのだから。
 そしてレーネは未塗装の機体を見つけると、即座に体が動いていた。

「ねえ、そこの君!」

 避難しようとしていた整備員を強引に捕まえると、まだ若い整備員は余裕のない青い顔をレーネに向けた。

「なんですかっ、こんな時に!」

 裏返った声を聞き、レーネは逆に頭が冷めていくのを感じる。
 落ち着かなければならない状況だと、思い出すかのように気づかされて。
 普段通りの口調で、レーネは尋ねる。

「あそこのアインツェイルだけど使えるの?」
「あれは……」
「どうなの?」
「起動はできるはずです……でも、たぶんまだ調整が完璧じゃないと思います」

 予断と予測の混じった答えに、レーネはかすかに逡巡する。
 しかし、すぐに迷っている場合ではないと思い直す。

「起動はできるのね?」

 怯えたように何度も首を縦に振るのを見て、レーネは手を離した。

「あれに乗る気ですか?」
「……何もしないで死ぬのはやっぱり遠慮したいから」
「どうなっても知りませんよ!」

 若い整備員は青い顔をしてすぐに離れていく。それが賢明なのだと、レーネも理解している。
 まだこの基地には他に戦える人間がいるのだから。だから、それを自分がやらずとも他の誰かに任せていい。
 けれども、レーネは敢えて自ら戦うという選択を選ぶ。
 動ける時に動かないと、動きたい時に動けなくなってしまうと彼女は知っているから。

「我ながら無茶してるなぁ……」

 呟きは自嘲。しかし、それでももう後に引くという気持ちはなかった。
 レーネは格納庫の片隅に安置されている機に乗り込む。
 アインツェイル。ランブレイ解放戦争の最中、とあるフォースメイルを参考に建造されたフォースメイル。
 純正コアを使用した機体で性能自体はそれなりに高いのだが、現存する機体はもう片手で数えられてしまうだけ。
 刻まれた機体型番は六。六号機を指し示している。

「技術の進歩は日進月歩とはよく言ったものだけど……」

 レーネにとっておよそ二年振りのフォースメイルは、操作系統に当時には存在しなかった様々な機能が付与されていた。
 そのほとんどは使えこなせないままに、最低限の手順で起動を完了させる。
 低い唸り声のような音を上げて、コアが稼働を開始した。しかし出力がなかなか高くならない。

「本当に調整は不完全か……でも四の五の言ってられない……」

 機体を立ち上がらせる。ブランクの割に滑らかに動く。なかなか上出来だと満足する。
 アインツェイルはそのまま人を誤って踏み潰さないように注意しながら、格納庫の入り口へと向かう。
 ライフルなどの武装は持たない。というより、アインツェイルの武装は初めから機体の固有装備として存在する。
 左腕部に装着された固有の長砲――フォースランチャーに右腕と一体化しているフォースブレード。
 直接乗り込んだのは初めての機体だったが、レーネはどうにかなるだろうと前向きに考える。現に操作はできているのだから。
 格納庫の外に出たレーネはすぐに周囲を観察する。
 基地施設は所々が破壊されていて、中には黒煙を上げている場所さえあった。
 火災が発生している可能性は高いが、規模も分からないし今のレーネにどうこうできる問題でもない。
 フェインナルドがあるはずの格納庫を見ると、すでに攻撃を受けた後だった。
 屋根の一部はすでになく、内部から穴が空いたようにめくり上がってしまっている箇所も見受けられる。
 中の様子は分からないが、ただでは済んでいないに違いなかった。
 そして今また、別の場所から爆音と共に火の手が上がった。

「敵は……あっち?」

 アインツェイルが動き出す。建物の影に身を隠しながら慎重に前進する。
 移動していると、すぐに交戦中の場面にレーネは出くわした。
 ルグリア四機がエスフィリスのフォースメイル三機を相手取って戦っている。
 レーネはすぐにでも加勢に入ろうとして、異様な状況に気づいた。
 数で勝っているはずのルグリアがむしろ押されている。攻撃をかけようにも巧みにかわされ、逆に相手の反撃に遭っていた。
 レーネは少し古い記憶が揺り動かされる。
 三機で連携を取るエスフィリスの腕利き……解放戦争の末期にも度々ランブレイとガイナベルクの戦闘に介入してきた三人組。
 正面から対抗できたのはアルメリアのフェインナルドだけという強敵。

「あれは……エリニュス!? なんて厄介な敵が来てるの!」

 とてもではないが、まともに戦って対抗できるような相手ではない。
 それでも退ける状況ではなかった。幸いにもまだレーネの存在は気づかれていない。
 レーネは目標を最後方の三番機――サラのティシポネへと定める。三機の中ではもっとも動きが鈍いと感じたためだ。
 ランチャーにフォースを充填開始。充填率を九十%に設定。モニターも狙撃用に望遠に切り替える。
 充填する間に早くも一機のルグリアがメガイラの剣に胸部を貫かれて動きを停止し、別の一機がアレクトとティシポネの集中砲火を浴びて崩れ落ちる。
 レーネが焦りつつも出力係数に目をやると七十%を越えた辺りから、ほとんど上昇しなくなっているのに気づいた。

「ここまで整備不良!? ままよ!」

 アインツェイルが物陰から飛び出す。左手をティシポネへと突き出し、右手は左肘を下から保持する――狙撃体勢だ。
 照準の中心に遠方のティシポネを捉える。
 引き金を引くと高出力のフォースが発射された。それは光弾というより光線であり、線というより柱といった表現が似合っていた。
 光は標的目がけて、直進する。















 アレクトがアインツェイルの姿を捉えた時には、すでにランチャーの発射準備は終わっていた。
 狙いがサラであるのを悟って、フィアは即座に警告する。

「サラ、そこから離れなさい!」

 フィアの声に反応して、ティシポネが素早く後退をかけようとする。
 機体が動き始めた直後、フォースの塊がティシポネをかするように横から過ぎ去っていった。
 直撃こそ避けているものの、擦過点付近の装甲が炙られて溶解し、右目の望遠レンズも損傷を受ける。

「狙撃された!?」
「五時方向に感あり、対応なさい!」

 フィアは残存のルグリアにライフルを放つ一方、増援として認識したアインツェイルの情報を少しでも収集しようと努める。
 グレーの……無塗装という外見であったため、フィアは新型の可能性を疑ったがそれを確かめている時間はなかった。
 狙撃を外したと見るや、アインツェイルがティシポネ目がけて駆けだしてきたからだ。
 フィアは牽制射撃を行うにも、逆にルグリアへの応戦に手を取られてしまう。
 ティシポネが迎撃のために放った一撃も、アインツェイルの接近こそ遅らせたものの回避される。
 遅れた分を取り戻すようにアインツェイルが増速した。
 回避動作の間に右手は腰から短剣を引き抜いている。柄と幅広の刃と単純な作りの短剣だ。それを逆手に握り締めて駆ける。
 懐に飛び込むまでにさほどの時間は要らない。右手を振り上げ、大地を蹴り飛ばす。
 一気に距離を詰め、跳躍の勢いを利して短剣を突き立てようとする。
 アインツェイルの機動に対して、ティシポネはライフルを捨てて近接戦闘用の短剣を両手で構える。
 長さはアインツェイルの短剣とほぼ同じだが、剣身の広さは短く護身的な装備でしかなかった。

「ここから出て行きなさい!」
「うわっ……接近戦は苦手なのに……!」

 飛びかかりからの一撃をサラは刃を合わせて受け流す。受け流して直撃こそ避けたものの、刃はティシポネの左腕を切りつけていく。
 レーネのアインツェイルは攻撃の流れを止めずに、降り立つなり即座に追撃をかける。
 対して、サラはレーネの攻撃を何度も防いでいくものの、その全てを完全には防げない。
 浅いものの損傷は確実に増えていく。

「――の! いい加減、しつこいよ!」

 ティシポネが短剣を横に大きく薙ぎ払い、アインツェイルをわずかに押し返す。そのまま、それまでとは違う動きを取ろうとする。
 しかし、それが実行される前にアインツェイルが真横からの衝撃で弾き飛ばされ地面に倒れ込む。

「こちらが連携を組んでるのをお忘れのようで」

 メガイラが飛び込んできていた。残り一機となったルグリアの相手をフィアに任せたエレンがサラの支援に入った形だ。
 右の掌打でアインツェイルの横腹を打ちつける。と、同時に手首の射出口から杭を打ち込む。

「あまり趣味のいい攻撃ではありませんが……そのまま停止してもらいましょう」

 エレンはアインツェイルに止めを刺さずに、それどころか目もくれない。
 攻撃が決まった時点で、エレンはアインツェイルの戦闘能力を奪ったのを確信していたからだ。
 事実、アインツェイルはその一撃が原因で、満足な機動ができなくなっていた。
 起き上がろうと地に着いた手が、途中で力が抜けたように崩れる。
 メガイラの両手首にそれぞれ一本ずつ装備されているハイメタルの杭はニードル・ボルトと名付けられていた。
 純粋な破壊力よりも内装に直接ダメージを与えるための武器として開発されており、アインツェイルに対して狙い通りの効果を発揮している。

「助かったよ、エレン姉様。ところでこいつ、どうしちゃう?」
「……好きになさい。動けない敵をいたぶる趣味はないから」
「それ、皮肉?」

 エレンは無言。サラは答えてもらえないと分かっていての発言だった。
 この時、顔の見えない姉妹はお互いの表情を想像するしかない。
 サラが想像したエレンの表情は予想通りで、エレンが想像したサラの表情は現実とは違った。
 そうしてサラは底抜けに明るい声を発する。

「やっぱり撃っちゃおうかな。ちょっと怖かったから、そのお礼ってことで」

 ティシポネは捨てたライフルを拾い上げるなり、迷わずにアインツェイルの頭部を吹き飛ばした。
 アインツェイルの内部では明滅を繰り返していたモニターが完全に沈黙して途切れる。
 その時、アインツェイルの胸部ハッチが押し上げられた。
 機体を捨てようとしたレーネはハッチから身を乗り出そうとして、体が硬直した。
 ティシポネの銃口が自分のほうへ突きつけられるように向いていたからだ。
 逃げようのない圧倒的な恐怖。死がそこにはある。
 彼女は息を吸うのも忘れて、銃口を見つめた。その死は訪れを気づかせることなくやってきて、全てを奪っていく。
 レーネは場違いなほどに昔の話をいくつも思い返していた。
 子どもの頃に親とした話。初めての恋人との逢瀬。友達のしていたのろけ話。なんでもない診療カルテの中身。
 思い返す事柄の意味も理由も分からないままに、レーネは最後の時を待つ。
 そうして最後の時は――先延ばしにされた。
 銃口を向けていたティシポネが突然その場から離れる。
 遅れてフォースの光弾がティシポネのいた付近を過ぎていく。
 立て続けに光弾がティシポネの後を追うように飛んでくる。

「もう、さっきからなんなの! 次から次にしつこく来てさ!」
「怒らないのサラ……今度は今までとは訳が違うわよ」

 怒りを露わにするサラに比べてフィアの声は落ち着いている。
 しかし余裕は取り払われていて、逆に芯に強さのある口調に変わっていた。
 その理由をサラはすぐに察した。攻撃を仕掛けてきた相手が誰かを悟って。
 彼女たちの視線の先には二機のフォースメイルがいた。
 二機とも同じ外見だが、塗装が違う。
 一機は両肩の青以外が白で染められた鎧騎士。二機目は青みがかった緑に濃緑と二種類の緑で染め抜かれている。

「ランブレイ随一の騎士、アルメリア・リーフェント。加えて別のフェインナルドも……誤報ではなかったのが証明されたわね」
「誤報というと……姉様は二機目のフェインナルドの存在を知っていたのですか?」
「あくまで噂だったけどね。戦場につきものの怪談と同じような話よ。それよりも二機目のフェインナルドか……」
「アルメリアと同じぐらいの強さってことだよね……そんなやつ、ランブレイにいたっけ?」
「おそらくは異界人でしょう。お手前拝見と洒落込みたいけど、障害なら排除するまでよ」

 フィアはそう言いつつ、思索を巡らせる。
 そうして彼女は先程の発言とは違う考えに思い至った。

「あの二号機……もしも異界人なら、こちらに来ないか誘ってみるのも一興かしら」
「内応、ですか?」
「そこまで大それた工作じゃないわ。ただ、この現状をどう捉えて何が最善なのかを伝えるだけよ。別に私だって必要以上に戦火を拡大させる気なんてないわ」

 決断するとフィアはすぐに行動の指示を下す。

「エレン、アルメリアの抑えは任せたわ。サラは私の援護。でも、こっちの話が終わるまでは二号機にはなるべく攻撃しないでね」
「了解だよ。でも、もし話が通じないような相手だったらどうするの?」
「言ったでしょう? 障害なら排除するだけ」

 冷たく、そして揺るぎなくフィアは断じる。
 ブロシア基地を舞台にした戦闘は、次の局面を迎えようとしていた。















〜 05 エリニュス、強襲 〜







2008年7月19日 掲載。