今現在の人生を言葉で表わそうとすると、平凡という単語で済んでしまう。
 取り留めもなく浮かんだ疑問に僕はそんな答えを出していた。折しも、歴史の授業中だ。
 季節はようやく秋らしくなってきて、残暑がようやく遠のいてきている。
 歴史の教科書や参考書に名前が載っている人たちは、なんらかの理由で偉人と呼ばれてるような人たちばかりだ。
 それ以外のよく知らない人たちでも、他の国や業界にとっては有名な人、なんだと思う。
 そういう人たちと比べてしまえば、僕はきっとちっぽけな人生を送っている。
 身近に危険を感じることもなければ、目の眩むような成功を収めたこともなく。

(……それでいいけどね)

 高望みしないとかそういうことじゃなくて……なんだかんだで平凡なのも悪くないよなー、とかそんな風に思って。
 だから僕、三崎尚也は平凡な高校生だ。自他共に認めるような。
 平凡な日々だって、退屈なのを除けばそう悪くない。
 ……この歳でこんな風に考えてる段階で、あんまり健全じゃないかも。
 とにかく、そんな風に特に 何かが起きることもなく授業が終わった。
 授業が終わって、最後のホームルームも終わって教室を出る。その前に何人かの友達に声をかけていくのも忘れない。

(……あまり深い付き合い方じゃないよなぁ)

 それには少し理由もある。家は学校から歩いて、せいぜい十五分ぐらいの距離。つまり地元。
 ところが友達のことごとくが、バスや電車を利用して学校に通ってきていた。それも時間のかかる。
 さらに家は駅から逆方向。そんなわけでどうしても離れてしまうというか。

(でも、結局は言い訳か……)

 どこかで距離を作っているのは僕自身だ。
 深く付き合おうというのを、どこかで敬遠してしまっている。
 理由は……よく分からない。本当にそんな特別な理由があるのかさえ。
 学校の外に出る。周りには同じように学校から離れていく学生たちの姿が見られる。
 朝方は冷え込むけれど、太陽が出てからはそれなりの陽気になる。
 暑すぎず寒すぎず、やっぱりこの時期が一年を通すと一番過ごしやすい。
 家までの道のりは、上り坂をだらだらと上っていくだけ。
 取り立てて目を惹く物がなければ特徴もない道の途中に家はある。
 二階建てで色褪せた濃紺の屋根、壁はクリーム色で特別大きくなければ小さくも見えない……つまり変哲のない家。
 ドアには鍵がかかっていた。こういう時は誰もいないか、妹が一人でいる時がほとんどだ。
 鍵を開けて家の中に入ると、玄関にはローファーが一足置かれていた。

「ただいまー」
「おかえりー」

 奥の方から妹の声が聞こえてくる。
 靴を脱いで、フローリングの上を歩いていく。
 居間に顔を出してみると、妹は畳の上に寝っ転がって漫画を読んでる。イヤホンもしていた。
 脇には読み終わったのかこれから読むのか、三冊ぐらい別の漫画も積まれている。

「もう帰ってきてたんだ」
「うん、こっちは午前中だけで終わりだったから」

 妹――三崎理夢はこちらを一瞥しただけで、すぐに漫画に視線を戻した。
 何を聴いてるのやら。妹の趣味はいまいち分からないけど、外の音が聞こえないほどの大音量ではないらしい。
 理夢とは年齢が一つ違う。学校こそ高校に進んだ今でも同じになったけど、お互いの時間は意外と噛み合ってない。
 仲は別に悪くないけど、ものすごく仲がいいとも思えない。きっと時々、鬱陶しく感じるのはお互い様。
 似ている点を考えてみると、髪の毛に癖がつきやすいとか眼鏡をかけているぐらい。
 似てるような似てないような、そんなどこにでもいそうな兄妹なのだと僕は思ってる。
 そんな風に考えていた内に、理夢はこっちの顔をじっと見ていた。

「……顔に何かついてる?」
「やー。相変わらず冴えない顔をする兄だと思って」

 今、さらりと毒を吐かれたような気がする。
 こっちが何かを言い返す前に、理夢はまた漫画を読み出してしまう。こうなると話半分に適当にあしらわれるだけだ。
 僕としても、そこまでいきり立って怒る気もないので、口を中途半端に開けたまま何も言い返せないで部屋へ戻る格好になった。
 部屋に戻っても、すぐに着替えるのもめんどくさくて制服のままベッドの上に倒れるように寝込む。眼鏡があるので、もちろん仰向けに。
 白っぽい色の天井に向けて右手を伸ばしてみる。意味なんてない。ただ、そうしてみたかっただけ。
 思わずため息をついていた。

「……暇だ」

 平穏なのは同時に刺激が欠けているとも言えるのかもしれない。
 退屈なのは同時に穏やかに過ごせるとも言えるのかもしれない。
 心はその間で揺れて、どちらも望もうとしている。満たされないという名前のわがままによって。
 それなのに自分から何かをしようという気も起きなかった。
 怠惰、無気力、倦怠。そんな言葉が思い浮かんで、だけど意味の違いが分からなかった。
 行き場のない感情を抱えたまま、腕に力を込めて立ち上がる。普段よりも余計に力を入れてるのは、今の自分に少し苛立ってるからかもしれない。正体の掴めない不満を抱えてる、この僕に。
 もう一度、ため息をついた。その瞬間だった。

「っ……」

 急に耳鳴りがした。甲高い笛みたいな音が耳を貫くように響いた。
 その響き方は痛みを伴っていて、痛みはすぐに頭に伝染する。
 ずきりずきりと頭が軋む――甲高い笛の音は、壊れたテレビの吐き出す砂嵐のような音に変わりながらも、未だに耳に響く。
 痛くて五月蠅い。意味が分からない。いきなりすぎて、訳が分からなかった。
 ざりざりざりと掻きむしられる。頭が痛い。右手で頭を押さえつけたはずだけど、その感触がない。
 左手は痛みに耐えようとして、ベッドのシーツを引き裂くように握り締めた、つもり。その感触もない。

「が――――」

 叫んだ。なのに声が聞こえてこない。
 視界が揺れる。窓、机、鞄、ベッド、椅子、カーテン、床、着替え。目に映る物は目まぐるしく変わるのに、それは本当に変わっていくだけ。
 意味が追いついてこない。そして、この痛みから抜け出せそうな物も見当たらない。
 そのうち、その視界にも異常が起こった。
 視野の縁から白い光に覆われ、それがだんだんと中心に向かって拡がっていく。
 ゆっくりだけど確実に光は視野を侵食していって、ついには光に埋め尽くされて何も見えなくなってしまう。
 光が視界全体に溢れていて、それはまるで真っ白な闇の中に放り込まれたようだった。
 右も左も、上も下も、一面の白、白、白。
 本当に何かが見えているのかさえ分からない、そんな視界。
 そうして、いつの間にか耳鳴りが遠のいていたのにようやく気づけた。その代わり、今度は目がおかしい。
 視界一杯に光が溢れていたかと思ったら、急に白い世界に亀裂が走ってひび割れた。
 そしてガラスを割るような音と一緒に光の世界が崩れ落ちる。瓦礫が剥がれていく。
 辺りは白から黒の真っ暗闇になった。何も見えない、それこそ何も無いような暗闇に。
 そして、そのまま僕の意識も暗く深い所へと落ちていく。
 きっと高い所から真っ逆さまに突き落とされるような感覚はこうに違いない、なんて頭のどこかで思いながら。

「夢だ……」

 僕自身の声が聞こえる。声はエコーでもかかったように響いていた。
 この声を最後に僕の意識は落ちていく。
 そう思ったのに、まだ終わらない。果てがないように、終わらなかった。
 最後まで見えているのは、ただの暗闇。奥行きがまるで想像のつかない、墨よりも暗くて深みのある闇。
 暗闇を……ただの景色だと思っていた。色だと、背景だとそう思って、ずっと見ていた。
 けれど、僕は間違えていた。
 この暗闇は、影だ。黒くて巨大な影。正体が掴めないのに、それでいて確かに存在する影。
 影が伸びてきた。腕を伸ばすかのように伸びて絡み取られた。そんな気がした。
 海に投げ込まれた石だ。僕が石で暗闇が海。飲み込まれてしまうのは――考えるまでもない。
 そこを最後に、今度こそ何も考えられなくなった。
 次に目を開ければ、僕は自分の部屋にいるはずだ。そうでなくっちゃおかしい。
 もしかしたら何事もなかったように時間が過ぎていて、明日の太陽がすでに顔を覗かせているかもしれないけど。
 代わり映えのしない、いつもが待っている。いつも通りに。










 そう――信じていたのに。





















01 ようこそ、異世界へ
















 本当にいきなりだった。
 目を開けて、真っ先に飛び込んできたのは青空だ。青が大半でぽつぽつと白いちぎれ雲が浮かんでいる。

「いたっ……」

 突然の光のせいか目が痛む。
 震える右手で眼鏡を外して、左手で目を太陽から遮った。
 ……一体、何が起こったんだっけ? 耳鳴りがして視界がおかしくなって、それから……。
 深呼吸のつもりで鼻と口から息を思いっきり吸い込むと濃密な草の匂いが混じっていた。
 思わずむせ返ってから、やっと自分が倒れているのを思い出して体を起こす。
 ずれていた眼鏡をかけ直すと、ここは草原だった。背の低い草が見える限り一面に隙間なく生えている。
 大きな牧草地みたいだ。

「……なんでこんなところに?」

 僕の住んでいる近くにこんな場所はないはずだけど。
 そもそも僕は自分の部屋にいたはずなのに。
 格好は制服のままだった。ポケットに入れておいた携帯を思い出して、すぐに確認する。
 開いてみると、ちゃんと電源は入っていた。まだ残量は三本線だけど圏外の表示がされている。
 時刻は……日付は変わっていなかったけどデジタルは十七時十二分を示していた。
 家に帰ってきた時より何時間か進んでいる。

「酷い夢もあったもんだよ、ほんと……」

 知らない場所にいきなり放り込まれていて。これが夢じゃないなら、なんなんだろう?
 神隠しとか瞬間移動。そんな言葉も思い浮かんだけど、口に出すまでもないし深く考えようとも思わなかった。
 そんなのは空想の話であって、本当に起こるはずないんだから。少なくとも真面目に考えることじゃない。

「でも、この質感は……」

 草に触ってみると、本物としか思えない感触がある。上から柔らかく押さえつけてみると、くすぐるような抵抗をしながら草が曲がる。
 もしも、これが夢じゃないなら?
 夢にしては自分の意思ではっきりと行動している気がするし、空気の匂いだとか肌への感触は本物としか思えない。
 だったら、ここはどこで僕はどうしてここに? まるで分からなかった。
 でも、このままここにいてもいいのか。動こうにも、どこに向かえばいいのかまるで分からないのに。
 急に風が吹いてくる。頬を横から叩くような強い風が。
 風と一緒に音も聞こえてきた。唸るような音だけじゃなくて、金属がぶつかり合うような音も……金属音?
 横を振り向くのと同時に、突風が来た。

「うわっ!」

 身構えて、顔を慌てて背ける。風音が耳を塞ぐように音を立てている。
 次の瞬間、足下が大きく揺れた。バランスを崩して、その場に尻餅をついてしまう。
 恐る恐る目を開けて――そうして見た。

「なんだよ、これ……」

 巨大な人の姿。見上げる高さは見慣れた家々よりもまだ高い。そんな巨人が二人。
 白と茶の巨人が、距離を取って向かい合っていた。
 違う、どっちも人じゃなくて機械だ。鎧のような重々しさがあるけど、それとも少し違う。

「ロボット……?」

 漫画やアニメに出てくるような、人型の巨大な機械。それを示す言葉を、僕はロボットとしか知らない。
 もちろん、それぞれに細かい名称や型式みたいなのが違うのは知ってるけど、総称としてはやっぱりロボットでしかなかった。
 白いロボットは……本当に白い。両肩が青いだけで後は全て白で統一されている。
 頭は曲面で構成されていて、やや小ぶり。目は人のように二つあって、かすかに青く輝いていた。
 腕や胴体は丸みのあるためか、全体的に流線が多く含まれているように感じられる。
 上半身は肩から下に向かうほどほっそりとしていき、腰回りになって再び厚みが出ている。
 よく見ると、足下は地面に着いていないように見えた。浮いてる……のか?

「こっちを……?」

 一瞬。本当に一瞬だけど、白のロボットがこっちを見たような気がした。
 それに対する茶のロボット。肩周りや腕には緑のラインが入っていたが、全体的に茶色だ。
 一言で言うなら鎧といった姿。甲冑を思わせるずんぐりとした背格好で、特に肩や胸部の厚みがそう感じさせる。
 頭部はほぼ真四角で、金属をそのまま繋ぎ合わせたような作りというか直線的というか。
 そして、それはこの機体の各部位も同じような構造だ。
 よく言えば無骨。悪く言うなら簡素な作りに見えた。そして、こっちの言い方のが正しいような気がする。
 白と茶のどっちが基本になるのかは分からないけど、こうして比べてみると白いロボットはいかにも華奢な感じがした。
 逆に凝った作りになってるのは白だ。白が細部に渡って凝った造型をされているとすれば、茶はそういうのを逆に余分として切り捨てているような。

「逃げたほうが……いいんだよね……」

 何をしようとしてるか分からないけど、絶対に近くにいちゃまずい。
 その証拠に白と茶の手にあるのは、やっぱり巨大な剣。巨大といっても、ロボットからすればちょうどいい大きさだ。
 茶のロボットの剣は大きさは別にして、見た印象だと普通の剣という感じだ。あまり鋭そうには見えない。
 逆に白のロボットの剣は刃の部分が光っていた。というより光が剣の形をしているような気がする。

「……戦ってるのか?」

 剣は、つまり武器だ。他に用途が思い浮かばなかった。
 もしそうなら、ますますこんな所にはいられない。
 頭ではそう分かっているつもりなのに。

「……なんだよ、こんな時に……」

 体が思うように動かない。力がうまく入ってくれない。喉の奥から出てくる声は、自分でもはっきり分かるぐらいに震えていた。
 怖い。そうなんだと思う。体がうまく動かなかった。
 頭は色々考える。逃げろとか、誰が乗ってるとか、見つかったらどうなるとか、ここはどこなのかとか、そもそもあれはなんだよ!

「こんな所で僕は……」

 そんな僕にはお構いなしに茶のロボットが動きだした。体を前に倒すように白のロボットに向かって走り出す。
 距離を縮めようとする間に両腕を振り上げている。そのまま剣を振り下ろそうとしてるのか。
 白のロボットは動かない。剣こそ構えていたけれど、まったく動かないで――そう思った瞬間だ。
 白が急加速して、茶のロボットの脇をすり抜けていた。
 すれ違った後も茶のロボットは走り続ける。下半身だけが。
 腕を振り上げたままの上半身は切り離されて、浮かび上がるようにしてから地面に落ちる。
 下半身もその少し後に、もつれるように倒れた。

「は……」

 言葉がなかった。凄いものを見たような気がする。いやいや、気がするんじゃなくてほんとに凄いものだ。
 思わず笑い出してしまいそうな、そんな気分だった。
 その時、白いロボットが僕の方に顔を向けた。反射的に体を硬くする。
 当然だけど機械的な目をしていて、どこに焦点を合わせているかはさっぱり分からない。
 だから本当に僕を見ているのかも、何を考えているのかも。
 まだ、何も分かっていないんだ。
 ここがどこかで、あのロボットがなんなのか、どうして戦っていたのか。それにあれがロボットなら、誰か乗っているのかも。
 分からないことだらけだった。分からないことが多すぎて、本当に知らないといけないことがなんなのか、それまで分からなくなってくる。
 そんな僕の葛藤を余所に、白のロボットがゆっくりと近づいてくる。巨体なのに地面の揺れはほとんど感じない。
 未だに起き上がれないで、逃げようにも逃げられない。
 見ているしかなかった。逃げられないから他には何もできない。
 すぐに白のロボットは僕の前まで来て、片膝を突いた。
 近くで見ると、改めて大きさを実感する。何をする気かは分からないけど、威圧感が半端じゃない。
 そのロボットの胸元が開いた。

(やっぱり誰か乗ってたんだ……)

 どんな人が乗っているのか。
 男か女か。ごっついのか、ひょろひょろしてるのか。
 大体――本当に人間なのかも分からないじゃないか。
 興味と不安だったら……不安の方がずっと強かった。
 ひょっとしたら、ここで顔を見せた相手が最後に見る相手になるかもしれないんだから。
 だとしても、もう逃げられない。初めっから全然逃げれてないけど……。
 そしてロボットの胸元が開いた。

「君、大丈夫? 怪我はしてない? っていうか言葉通じる?」

 そう言って顔を出したのは女の人だった。ロボットから身を乗り出して黒い長髪を風になびかせ、僕を見下ろしている。
 ほっそりとした顔つきに、まっすぐ伸びた眉。目元はくっきりしていて、力強く見える。
 整った顔立ちは、ごく自然に大人という言葉を強く意識させる。
 白いシャツのような長袖を着ていて、その上から縁が朱に彩られている黒のベストみたいなのを着込んでるみたいだ。
 美人だ。この人に関して言えば、綺麗とか可愛いじゃなくて、凛々しいという言葉が似合っていそう。

「あ、あの……僕は大丈夫です……」
「ああ、よかった。それにちゃんと言葉も分かってくれるみたいだし……ちょっと待って、色々説明しなきゃいけないんだけど」

 女の人は前髪を掻き上げて、別の方向に目を向ける。
 釣られてそっちを見ても、僕からは特に変わったものは見つけられなかった。
 女の人に視線を戻すと、あっちも僕を見ていた。

「君にはまだ分からないことだらけだと思うけど……これは断言しておくわ。少なくとも私は君の敵じゃない。私は君を保護するためにここまで来た」

 力強い口調と視線。証拠はないけど……率直に信じられる気がした。
 嘘を吐かれてるようには全然見えなかったから。……別に美人が言ったからじゃない。

「だから、もし私を信じてくれるなら一緒に来て欲しい」

 信じないで一緒に行きたくないと言ったら……その時のことは言わなかった。
 どうしよう。
 あの人が言うように僕は本当に何も分かってない。だからこそ、あの人を信じた方がいい気がする。
 たぶん……たぶん嘘はついてないから。

「分かりました……一緒に行きます」
「……ありがとう。じゃあ、ちょっとごめんね」

 女の人がロボットの中に引っ込む。
 するとロボットの左腕が僕の前に差し出されてくる。
 乗れってこと……だよね? 触っても熱くないのか……思い切って跳び乗ってみた。
 跳び乗った弾みに指先に触れたけど熱くはなかった。冷たくもなくて。人に触れた時のような暖かさだった。
 不思議だと思う。知らないことは多いけど、このロボットは僕の常識が通じない存在なのかも知れない。
 そんなことを思っている間に、左手はロボットの胸元まで上げられる。
 胸元が操縦席で、その中に一緒に入るように促された。

「ちょっと窮屈かもしれないけど、シートの後ろで我慢してね」

 言われるままに、シートの後ろに回る。
 シートの後ろは空間になっていて、言われるほど窮屈じゃなかった。
 ハッチ……でいいのか、胸元が閉じる。密閉されたせいか、急に息苦しくなったような気がした。
 正面と左右に外の映像が鮮明に映し出される。理由ははっきりしないけど、なんだか凄いことのように思えた。
 前を覗いてみると、シートの前にはグリップが球状になっているレバーらしいものが二つ床から飛び出ている。
 そのレバーのすぐ横にボタンがついたパネルみたいなのが、やっぱり床から別に伸びていた。
 使い方とかは当然分からない。

「そうだった」

 女の人は思い出したような言い方だった。ここからだと、手しか見えなくてどんな表情をしてるのかは分からない。
 よく見ると、白いシャツは刺繍のような模様で編まれていて、それなりに凝った服なのかも。
 ベストも頑丈そうな材質……金属ではないけど、防弾ベストみたいな感じだった。あれは強化ゴムだったっけ?

「私、アルメリア・リーフェントって言うの。名前、教えてくれないかな?」
「あ……三崎、三崎尚也です」
「ミサキ・ナオヤ? 三崎、尚也……ね。うん、覚えておくわ。ありがとうね」
「いえ……」

 振動が足下から伝わってきた。それに合わせて風景も動き出す。どうやらロボットが動き出したみたいだ。
 これからどうなるのか。不安で仕方なかったけど、ここまで来たら運任せしかない。

「えっとアルメリアさん……一つだけ訊いてもいいですか?」
「一つだけでいいの?」
「あー、いえ、一つじゃ全然足りないですけど……今訊いてもどうせ分からない気がして」
「そう……別におかしな質問じゃなければ、何を訊いてくれたって構わないから」

 そう言ってもらえるのは、素直に有り難かった。
 本当に訊きたいことはいくつもあるけど……まずは一つだけ。この場にいる僕の、一番の疑問を。

「ここは一体、どこなんです?」

 このまるで知らない場所は。日本に……日本どころか地球上のどこにも、こんな場所があるとは到底思えなかった。
 アルメリアさんは少しだけ間を置いてから、おもむろに言った。

「ここはテラスマント――君たちの言葉だと異世界、かな」
「はい?」

 言われた意味をすぐには理解できなかった。
 ただ――どうやら僕はとんでもない場所に放り込まれてしまったみたいだ。















〜 01 ようこそ、異世界へ 〜



















〜 01 ようこそ、異世界へ 〜







2008年3月1日 掲載。