最初は、何がなんだかよくわからなかったんです。

 目覚めてすぐに、お父さんとお母さんと早苗おねえちゃんに、『君の名前は氷室キヌ』とか『自分たちのことを親だと思ってほしい』とか、あとは『記憶がなくて、しばらくは不自由するだろうけど自分たちがいるから心配しないでいい』っていうことを聞いたんですけどね。

 目覚めたばっかりでボンヤリしてて、やっぱり自然には受け止められなかったなぁ。

 ただ、いま思えばその時に本当のことを聞いてたとしても混乱しちゃったんでしょうけどね、きっと。


 話が終わって、三人が部屋から出て行くときにゆっくり眠れるようにって電気を消していってくれたんですけど、真っ暗になった部屋に一人でいたら、急に怖くなっちゃって……。

 ほら、私の体はずっと氷の中にいたじゃないですか、それを思い出しちゃったんでしょうね。それに起きたばっかりだから体も重くって。解凍されたばっかりの魚ってあんな感じなのかな。
 あっ、笑わないでくださいよっ、もうっ。

 でも私は、前に生きてた頃のことも、幽霊の時の記憶も、なんにも持ってなくて、だから余計に怖かったんです。
 美神さんのことも、横島さんのことも忘れてて。
 でも、おかしいですよね。忘れたことは、何か思い出さなきゃってことは覚えてるんでしょ。

 自分のことがなんにもわからないのが、怖くて、情けなくて、悔しくて、不安で……それで、泣いちゃったんです。

 一度泣き始めたらどんどんと悲しくなってきて、嗚咽するまで泣いちゃって。

 そうしてたらね、早苗おねえちゃんが来てくれたんです。
 なにかあったのかって。
 そんな顔しないでくださいよ。大体なんで早苗おねえちゃんと仲悪いんですか?
 覗き扱いされたから?
 えっと、したんでしょう?
 あっ、そんな顔しないでくださいよ。でも本当にやめてくださいね、それにやるなら私に……なんでもないですよ。


 えっと、どこまで話ましたっけ?
 早苗おねえちゃんが部屋に入ってきたところでしたよね。
 最初はね、なんでもないって答えたんです。
 まだ、ちゃんとお話したこともなかったし、遠慮みたいなのがあって。
 そうしたら、こう言ってくれたんです。
 おキヌちゃんは私の妹だ。だからなんでも話してくれ、って。
 言いきってくれたのが嬉しくて。それで、心の中にあった不安、もどかしさを全部吐き出せたんです。上手く喋れなかったですけどね。
 結局、その夜は手を握ってもらいながら寝たんです。

 朝起きたときも側にいてくれてて、というよりそのまま寝ちゃったんでしょうね。
 外が少し明るくなってたし、寝た分だけ体のほうも少し元気になってたから外に出ようと思ったんです。
 まだ体は重かったけど、立ちあがれて、フラフラよろめきながらですけど、歩いて外に出たら。雨が降ってたんです、静かにゆっくり。

 目を閉じて聞いたポツポツと木葉を叩く音も。

 深呼吸して吸った土の湿った匂いも。

 なんだかすごく懐かしくて……。

 それから少し、お散歩したんです。庭のまわりをちょっとだけですけど。

 雨に濡れるのも、足で草を踏むのも、なにもかも気持ち良くって、


 私、生きてるんだなぁって。


 生き返って初めて実感できたんです。

 戻ったら、早苗おねえちゃんが起きてて、目をこすってたんです。
 その仕草がおかしくて、だから笑いながら挨拶できたんです。

 おはようございます……早苗おねえちゃん、って。

 その後、おねえちゃんにこんなに濡れちゃってどうしたのって叱られて、風邪もひいちゃったんですけどね、アハハ。

 あっ、そうだ。明日の朝、お散歩行きましょうよ。
 シロちゃんばっかりずるいですもん。

 いいですよね、ねっ?

 おしまい