その日が、はじまりの日だった。


 今の私しか知らない人には信じてもらえないかもしれないけど、私は小さな頃学習塾でいじめられていた。

 理由はとても単純。

 親が政治家だから。

 たった、それだけのことだった。

 私をいじめていた3人の男は口々にこう言った。

 『お前の親も、オショクしてるんだろう』と。

 断言してもいい。彼等は汚職と言う言葉の意味を知らなかったはずだ。

 それでも、彼等には汚職という言葉を口実にいじめられればよかったのだろうし、実際その言葉を言われれば、私もオロオロするしかなかった。

 いじめは言葉だけではなかった。
 髪を引っ張られたり、物を隠されたり…。

 そして、その日は髪にガムをつけられた。

 おもむろに近づき、噛んでいたガムをペトリと髪の毛に。

 私は泣いた。うつむき泣くことしかできなかった。

 回りで見ていた人間も、遠巻きに見ているだけだった。

 それはそうだろう。男の子が3人。関わりたくないのも当然のことだ。

 ただし、一人を除いては。

「なにやってるのよ!」

 顔を上げると、そこには女の子が一人、立っていた。

 その時の私には、その女の子が恐い顔をしているように見えた。

 いや、当時は恐いという言葉しか出てこなかっただけで、いま思えば凛々しい顔をしていたと言うべきなのだろう。

 その場に居合わせた人間の視線を浴びながら、女の子はツカツカと男の一人に近づき、

「えいっ」

 ポカリと殴った。

「な、なにすんだテメー」

 殴られた男はそのまま泣き出してしまい、うろたえながらも女の子に食って掛った男も腹を蹴られうずくまる。
 最後の一人も投げ飛ばされ、全員が泣き出してしまった。

「なんで、こんなことするのよ。自分がそんなことやられたら嫌でしょ?」

 叫んだ女の子は、まだ怒りが収まらないのか怯えるように教室の隅に固まった三人に近づいていこうとする。

 私はそれを必死に止めた。

 先生が教室に入って来たこともあって、その場はとりあえずそれでおさまったけど、私と女の子といじめっ子3人が先生に呼び出された。

 私は慰められ一番最初に帰された。女の子は注意されたらしい。3人は最後まで残された。
 この3人が、この後どうなったかを言う必要があるだろうか?



「あの、その…ありがとう」

 階段の踊り場、ようやく残されていた教室から出てきた彼女に礼を言う。

「うん、別に…その、いいよ。お礼なんて」

「…名前、何て言うの?」

「ヒナギク。桂ヒナギク。あなたは?」

「私?私は―」




 その日が私とヒナギクの、はじまりの日だった。


 おわり